営業時間

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​日,月(定休日)

所在地

〒446-0021 愛知県安城市法連町17-1 マンション久保田102
メール:superseitaishi1@gmail.com

電話番号:0566-78-3641

アクセス

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0566-78-3641

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※当日は予約が埋まりやすいため、候補をいくつかご準備して頂けますと取りやすいです。

院長プロフィール

◎加藤 高夫(かとう たかお)

1975年12月生まれ 妻と一人娘の3人家族。

愛知県安城市法連町にある、整体院『癒いこい』の院長。

炭酸整体協会インストラクター、イネイト活性療法師。

当院は、一瞬で血流が良くなる整体法で、『肩こり』や『腰痛』などの一般的な症状から、妊娠しやすい体つくりや妊婦さん、赤ちゃんからの整体も行っています。

 

また、この調整法は、細胞から元気なる整体なので、アトピーなどの皮膚疾患、糖尿病などの内臓疾患、パーキンソン病などの難治性と言われる症状にも対応しています。

今でこそ、さまざまな症状を調整できるようになって、遠方からも沢山の患者さんが来ていますが、ここまで来るには、いろいろありました。

​そんな、紆余曲折のあった、私の治療家ヒストリーを少しばかりですが、お楽しみくださいm(_ _)m

いつまでその仕事やっていくの?

大学を卒業して入社した某厨房機器の営業職。

 

特に将来のことなど、何も考えずに何となく日々を過ごしていました。

 

社会人になって7年目の時に、友人からこんなことを言われました。

 

「今の給料でずっとやっていけるのか?」

 

友人からの何気ない言葉が、私の心に刺さりました。

「もうすぐ30歳になるのに、たしかにこの給料はまずいかも知れない」

 

当時は、まだ独身でサラリーマンだった私は、この言葉をきっかけに、将来のことについて、少し考えるようになりました。

転職の誘い、、、

友人の言葉が、時々頭をよぎりながらも、いつもと変わらず仕事を続けていました。

そんなある日、別の友人から大手工場の転職の話が舞い込んできました。

「なんか増員するみたいで、従業員募集してるぞ!ラインの仕事だけど、今の仕事より給料は断然にいいらしいぞ!」、このタイミングでこの話が来たのは、運命だと思いました。

ただ、どうせ転職するなら「他の仕事も一通りリサーチしてみようかな?」と思って、いろいろと転職先を探すようになりました。

本屋で偶然見つけた雑誌で、、、

転職の話があってからは、時間があれば、ネットや求人雑誌を見るようになりました。

その時、本屋で偶然見つけたのが、専門学校の雑誌でした。

「へ~、こういう雑誌もあるんだな~」

 

普段なら、目にも止まらないような雑誌なのに、なぜかこの時は、ふと手に取ってしまいました。

そこには、整体やら整骨院の学校などがいくつか載っていました。

本来なら、求人雑誌を買うべきなのに、なぜかその時は、その専門学校の雑誌を握り締めてレジの前に立っていました。

家に帰って、ゆっくりその雑誌を読んでみた。

今でも鮮明に覚えていますが、雑誌を読んでいる時、頭に浮かんでいた映像は、患者さんに整体をしている自分の姿でした。

工場に行くことに決めた、、、

その日から、整体について、いろいろ調べるようになりました。

だが、そうこうしているうちに、工場の募集の期限も近づいてきました。

「いろいろ考えたけど、やっぱり工場が一番かな?」

 

 整体には興味はありましたが、やっぱり、安定している工場の仕事は捨てがたかったのです。

もともと、中途半端が嫌だった性格もあり、思い切って、今の会社をやめて、工場の試験を受けることに決めました。

幸いにも試験に合格する事ができたので、
工場で働くことができるようになりました。

整体への興味が増していく、、、

工場に勤め始めて半年くらい経った頃、部屋に置いてあった専門学校の雑誌がたまたま目に付きました。

「整体ってやっぱり面白そうだな?」

 

その頃から、再び整体への興味がどんどん増して行きました。

それから、3ヶ月ほど立ったとき、貯金もできてきたので、思い切って整体学校に通うことにしました。

私が通った学校は、整体院の中に有り、自由なときに学びに行けるのがよかったです。

はじめて夢中になれた、、、

工場は、夜勤もあり、昼の仕事の時は、仕事帰りに通い、夜勤の時は午前中に勉強をしに通いました。

体力的には、かなりハードだったが、そんなに苦ではありませんでした。

なぜなら、はじめて自分がやってみたいと思うことに夢中になったからです。

昔から、特に何かしたいことがあったわけでもなかったので、入れそうな学校に入学して、入れそうなところに就職していました。


いわゆる、夢のない子供時代を過ごしてきたのです。

だからといって、毎日が退屈だったわけではないが、こんなに夢中になったことは、正直今までありませんでした。

​学校卒業、、、

学校に通い始めて、1年が立ち、卒業の時期になりました。

その学校は、卒業すると、併設の整体院で、見習いでお手伝いができる制度がありました。

見習い中は、給料などは一切発生しません


同期の仲間は「ただで働くのはブラックだ!」と言って、どんどんやめていきました。

私はというと「素人の私に、患者さんをつけてくれるなんて、とてもありがたい!」、そんな感じで、私はこの環境に、とても感謝していました。

工場で働きながら、日曜日だけ整体院で働き、1年が経った頃、そろそろ自分のお店を、持ちたいと思うようになってきました。

出張整体をはじめる、、、

いきなりお店を持つのはリスクが高いと思ったので、まずは、知り合いの紹介などで、出張整体を始めることにしました。

平日は工場で働き、日曜日のみ出張整体をする生活を2年間ほど続けました。

患者さんから喜びの声をいただくたびに、どんどん独立の思いが大きくなってきました。

「整体1本でやっていきたい!」

 

そういう思いはありましたが、正直迷いもありました。

当時働いていた工場なら、平均的サラリーマンより給料は高かったし、休みなどもしっかりしていたからです。

「ここで働いていれば、一生安泰だ!」

 

周りの人たちも当然そう思っていたと思います。

しかし、溢れてくる思いは、私には止めることはできませんでした。

またまた運命を感じる、、、

偶然にも、母親の知人から「借家があるけど、そこでお店を出したらどう?」と話が舞い込んできました。

転職の時と同様に、私は運命を感じました。

場所は、決して良い立地ではなかったが、治療の腕には自信があったし、根拠のない自信もありました。

借家も自由に改装して良いと言われていたので、さっそく改装工事にかかり、時期をみて、工場を退職しました。

壁にぶち当たる、、、

お店をオープンしてから、少しずつ患者さんも増えてきた頃、挫折を味わい始めました。

「先生、いつになったらこの痛みなくなりますかね?」、何度調整しても、効果が出せない患者さんが増えてきたのです。

「良くなってきているからもうすぐだよ!」と、患者さんには言っていたが、内心焦っていました。

この時は、思いっきり、天狗の鼻がへし折られていました。

だから必死に解剖書を読んだり、同期の先生に相談しては試行錯誤しました。

しかし、多少は変化が出るようにはなったが、見違えるような効果が上がることはありませんでした。

運命の出会い、、、

そんな時に、運命の出会いがありました。

もともと、顔は知っていた大阪の有名な先生から「新しく整体の協会を立ち上げるから一緒にどうかな?」と声をかけてもらったのです。

私は、迷いなく協会に入いることに決めました。

そこで手に入れたのが 『炭酸整体』だったのです。

「や、やばい!」 「あんなに手こずっていた症状が瞬時に改善してしまった!」、本当に驚きの連続でした。

それからというもの、どんな患者さんが来ても大丈夫になりました。

妻の出産、、、

炭酸整体をやり始めた頃、妻が妊娠をしました。

妊娠中は、私が体のケアをしていたこともあり、妻は3時間ちょっとの安産でした。

妻と同じくらいの時間に、病院に入ってきた妊婦さんは、なかなか赤ちゃんが出てこなかったみたいで、おそらく数時間は苦しんでいたと思います。

その時、私が感じたのは「妻とあの妊婦さんとの違いはなんだったんろう?」「どうしたら、みんな安産になるんだろう?」でした。

安産整体の誕生、、、

妻の出産を境に「どうしたら安産になるか?」「どんな調整なら体に負担をかけないですむか?」、そういうことを、真剣に考えるようになりました。

ある程度、理論が確立してきた頃、もともと通っていた患者さんの何人かが、妊娠をしました。

そこで思い切って、その中の2人の患者さんにモニターを頼んでみたのです。

「先生だったらいいよ!」と2人とも快く了解してくれました。

この2人の協力のおかげで、『安産整体』が完成しました。

もちろん、この2人の患者さんは安産で、1人は3時間で出産。

もう一人は、微弱陣痛は少し長引いたが、分娩室に移ってからは、30分ほどで出産でした。

ここから、妊婦専門で行くことに私は決めました。

逆子が戻らない、、、

妊婦さんを診るようになってくると、逆子の妊婦さんもたくさん診るようになってきました。

だいたいの逆子は戻すことが出来たが、それでも、2割くらいの妊婦さんは戻すことができませんでした。

「逆子が戻らない人の違いは何?」、なかなか、この答えは出て着ませんでした。

新たな技術に出会う、、、

試行錯誤していても、なかなか答えが出てこなかった時に「どんな症状も原因が分かる技術がある!」そんな情報を耳にしました。

はじめは「そんなもの、あるわけない・・・!」と思っていたが、興味はものすごくありました。

ある日、この技術の説明会があることを私は知りました。

説明会で、見せてくれた技術に、私は一瞬で心が奪われました。

「この技術があれば全ての逆子が戻せる!」即効で、この先生のところに習いに行くことに決めました。

妊活整体誕生、、、

当然、すぐに身につくわけではなかったが、学べば学ぶほど、この技術のスゴさがわかってきました。

「この技術があれば、妊婦さんだけでなく不妊の人も救える!」、

 

徐々に、そんな事も考えるようになってきました。

この技術を学び始めて1年ほど経った頃、少しずつ検証を重ねながら、不妊にも対応できる調整ができるようになりました。

それが『妊活整体』です。

赤ちゃんの整体もはじめる、、、

現在は、妊活中の方から妊婦さん、そして産後のママさんのケアまでを、一連の流れでサポートできる治療院になりました。

その中で、赤ちゃんの調整の必要性も日々感じていました。

なぜなら、産後に連れてくる赤ちゃんには、さまざまな問題があったからです。

けっして、重病とかではないが、「すぐ便秘になる」とか「鼻水が止まらない」などの悩みを、みんな少なからず抱えていたのです。

それなら、ということで、赤ちゃんの調整も始めることにしたのです。

笑顔を増やしたい、、、

それからというもの、家族で、体のケアに来る人が増えてきました。

今行っている施術は、どんな症状も見ることができるので、施術に対する不安は今は全くありません。

難病と言われるような症状に対しても同じです。

今は、どんな症状でも対応することができますが、必ずしも、1回や2回で調整できるわけではありません。

内臓の疾患や難病といわれる症状などは、それなりに期間がかかってしまいます。

長い場合は1年以上かかることもあります。

しかし、将来的には、どんな難病であっても、1、2回で調整できてしまう整体師を目指しています。

これが私が目指す最終形態です。

 

私は、「たくさんの人の笑顔を増やして行きたい!」その想いで調整を行なっています。

この想いは、きっと変わることはないでしょう。

これが、私の治療家ヒストリーです。


癒いこい  院長:加藤 高夫